新人スタッフFです。新年あけましておめでとうございます。今年は午年ですね!中村天風という人物をご存じでしょうか?本屋さんにいくと天風に関する本が目に付きます。正月を迎えて、新たな気持ちになるために天風の言葉を振り返ってみたくなりました。少し長くなりますが、私自身も気持ちが楽になった部分をご紹介します。題目は「どうでもいい!」でおおくりします。

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なぜそんなに眉間に皺を寄せておる

世界が終わるような顔をして一体何を背負い込んでおるんじゃ

いいか耳の穴をかっぽじってよく聞け

おまえさんが今悩み苦しみ夜も眠れずに抱え込んでいるその重荷その全てはな宇宙の果てから見れば塵芥にも等しいのじゃ

はっきり言おう全部全部どうでもいいことじゃ

そう思うことこそがおまえさんの命を救う唯一の道なんじゃよ

わしはな長いこと人間という生き物を見てきた

ありとあらゆる人間を見てきたよ

金を持っている者も地位がある者も逆にその日暮らしの者もな

そして、わし自身も死の淵を覗き込み世界中を放浪し心のありかを探し求めてきた

そのわしが腹の底から断言できる真理が1つある

それはな、人間を不幸にする最大の敵は戦争でも疫病でも貧乏でもないということじゃ

最大の敵はなおまえさん自身の心の中にある執着じゃ

こうでなければならない、ああなったらどうしよう、あの時あんなことを言わなければよかった

そう言うどうでもいいことを後生大事に抱え込んで離さないその心の癖こそが、おまえさんの尊い命の炎をじわじわと窒息させている正体なんじゃよ

今日わしが語るのは投げやりになれということではないぞ

自暴自棄になれと言っているのではない

もっと高次元のもっと強烈な命の本来あるべき姿を取り戻すためのどうでもいいという最強の呪文についてじゃ

これを聞き終わる頃にはおまえさんの肩に乗っている見えない重石が消え失せ、心の中に青空が広がり、腹の底から力が湧いてくるはずじゃ

覚悟はいいか

わしは手加減せんぞ

おまえさんの魂を叩き起こすために本音でぶつかるからな

さて、わしが世の中を見渡して一番滑稽でかつ一番哀れに思うのはな取り越し苦労に命を削っている連中じゃ

おまえさんも心当たりがあるじゃろう

まだ起きていない未来の失敗を想像して勝手に心臓を縮こまらせている

上司に怒られたらどうしよう、病気になったらどうしよう、金がなくなったらどうしよう、老後になったらどうしよう、嫌われたらどうしよう

バカを言えとわしは叫びたい

いいかよく考えろ明日空から隕石が落ちてくるかもしれんのじゃぞ

明日道を歩いていて何かにぶつかって死ぬかもしれんのじゃ

未来のことなど神でもない人間にわかるはずがないんじゃ

わからんことをあーでもない、こーでもないと悩み、その恐怖で今日という二度とない1日を暗く塗りつぶす、これこそが命に対する最大の冒涜じゃと思わんか

わしが見てきた中で本当に強い人間、本当に運のいい人間というのはな、未来を心配する人間ではない

何かあったらその時に対処すればいいと腹を括っている人間じゃ

これがどうでもいいの神髄じゃ

結果なんてどうでもいいのじゃ

大切なのは、いまこの瞬間におまえさんがどれだけ命を輝かせて生きているかそれだけなんじゃよ

例えばおまえさんが何かに挑戦するとしよう、商売でもいい、恋愛でもいい、新しい趣味でもいい

その時失敗したら恥ずかしいとか、損をしたらどうしようとか、そんな不純物が心に混ざると、途端に体は強張る、思考は鈍る

そしてその恐れが現実の失敗を引き寄せるんじゃ

誰かがおまえさんを批判したとしても、それはその人の目に映ったおまえさんに対する感想であって、本当のおまえさん自身の価値とは何の関わりもない

天に向かって唾を吐けば自分に返ってくるだけじゃ

悪口を言う人間は自分の心の貧しさを宣伝しているに過ぎん

そんな哀れな連中の言葉にいちいち反応して心を曇らせる必要など微塵もないんじゃよ

わしを嫌うなら勝手に嫌え、わしはわしの道を行く

それくらい腹を括れば、人間関係の悩みなど朝霧のように消えてなくなる

病気や健康についても同じことが言える

わし自身かつては不治の病と言われた結核を患い死に物狂いで苦しんだ経験があるからこそ言うんじゃが、病を恐れ病を憎み治りたい治りたいとあがきもがけばもがくほど病は逃げていかん

むしろ心まで病魔に食われてしまう

肉体が病むことはある

それは生き物である以上避けられんこと

だが、心まで病ませる必要はないんじゃ

体は病気でも心は健康だ

どうして、高らかに笑い飛ばせんのか

なるようになったらそれでいい

そうやって生への執着すらも手放し大いなる宇宙の命の力にすべてを委ねた時不思議と生命力というのは蘇ってくるものなんじゃ

それが絶対積極の境地じゃ

いいか現代を生きるおまえさんたちは真面目すぎるんじゃ

責任感

結構なことじゃ

努力

素晴らしいことじゃ

しかしなその責任感や努力が悲壮感に満ちたものであってはならん

眉間に皺を寄せ、歯を食いしばりこれをやらねばならぬ、あれをせねばならぬと自分を追い込んでそれで一体何が生まれると言うんじゃ

生まれるのは胃潰瘍と神経衰弱だけじゃよ

もっと力を抜け、もっとテキトーでいいんじゃ

テキトーというのは、いい加減という意味ではないぞ、適当つまり適度に当たるということじゃ

車のハンドルだって遊びがあるからスムーズに曲がれるんじゃろう

ガチガチに固定されていたらちょっとした衝撃で壊れてしまうわい

人生も同じじゃ

まあなんとかなるだろう、死ぬこと以外はかすり傷じゃと

笑って受け流す心の余裕遊びがあってこそ、どんな困難も乗り越えていけるんじゃ

わしはな朝起きたらまず鏡を見てニコっと笑うことに決めておる

どんなに気分が優れない日でも無理やりにでも笑うのじゃ

そしてこう言う

お前はなんて運がいいんだ、今日も素晴らしい1日になるぞとな

傍から見れば馬鹿に見えるかもしれん

だがなこれが大事なんじゃ

形から入るんじゃよ

どうでもいいという境地に達するのが難しければ、まずは形だけでもどうでもいいという顔をするんじゃ

深刻な顔をするな

深刻さは不運を引き寄せる磁石じゃ

笑いは邪気を払い福を呼び込む太鼓の音じゃ

おまえさんが抱えている仕事のトラブル

借金の問題、家庭の不和

確かに現実的な対処は必要じゃろう

だが、心まで病ませる必要はないんじゃ

体は病気でも心は健康だ

とうして、高らかに笑い飛ばせんのか

痛い時苦しい時こそこんなものどうでもいいと

心のなかで一喝するんじゃ

肉体の痛みなどわしの魂の崇高さには指一本触れることはできん

と精神の座を高く保つのじゃ

病気になったことをクヨクヨ悔やんだり、運命を呪ったりするその陰気な心がおまえさんの免疫力を下げ治るものも治らなくさせているんじゃよ

なるようになったらそれでいい、そうやって生への執着すらも手放し大いなる宇宙の命の力にすべてを委ねた時不思議と生命力というのは蘇ってくるものなんじゃ

それが絶対積極の境地じゃ

人生も同じじゃ

「死ぬこと以外はかすり傷じゃ」と笑って受け流す心の余裕遊びがあってこそどんな困難も乗り越えていけるんじゃ

だが、心までそのトラブルの中に浸かり込むな

問題は問題として、淡々と処理すればいい

そこに感情という油を注ぐな

困った、困ったと言えば言うほど、脳みそは困った状態を実現しようとフル回転し始める

逆に、こんな問題、大したことない、どうでもいいことじゃ、「解決策は必ずある」と、高みの見物を決め込んでみろ

そうすれば、不思議と視野が広がり、今まで見えなかった解決の糸口が見えてくるもんじゃ

人生というのはな、川の流れのようなもんじゃ

流れに逆らって泳ごうとするから苦しいんじゃ

岩にしがみついて、「流されたくない」と踏ん張るから疲れるんじゃ

力を抜いて、仰向けになって、プカプカと浮いてみろ

流れに身を任せてみろ

そうすれば、川は勝手におまえさんを、大海原へと運んでくれる

この「流れに任せる」という態度こそが、「全部どうでもいい」という言葉の真意じゃ

それは決して、人生を放棄することではない

むしろ、宇宙という偉大な力の流れを信頼し、その一部として生きるという、最も積極的で、最も強い生き方の宣言なんじゃよ

過去を悔やむな

終わったことは、もう存在しないんじゃ

存在しないものをいじくり回して、今の時間をドブに捨てるな

未来を憂うな

まだ来ぬものは、存在しないんじゃ

存在しないお化けに怯えて、今の光を閉ざすな

あるのは「今」だけじゃ

今、この瞬間、おまえさんがどういう心でいるか

それだけが、おまえさんの人生の全てなんじゃ

だから、今日から口癖を変えてみろ

何か嫌なことがあったら、「まあ、いいか」

腹が立つことがあったら、「どうでもいい」

不安が襲って来たら、「なるようになる」

そうやって、心にこびりついた執着の泥を、言葉のブラシでゴシゴシと洗い落とすんじゃ

最初は嘘でもいい

言い続けるうちに、心はその言葉通りになっていく

言霊の力というのは凄まじいもんじゃよ

おまえさんは、何のために生まれてきたんじゃ?

苦しむためか?

悩むためか?

誰かの顔色を伺って、小さくなって生きるためか?

違うだろう!

命を、喜び勇んで生きるためじゃろう!

この美しい世界を、味わい尽くすためじゃろう!

自分の持てる力を、存分に発揮して、周りを照らすためじゃろう!

そのためには、心は常に自由でなければならん、軽やかでなければならん、透明でなければならん。

「全部どうでもいい」という剣で、心を縛り付ける鎖を断ち切れ!

鎖が切れた時、おまえさんは初めて知るはずじゃ

自分の中に、これほどまでに強靭な力が眠っていたのかと、自分は、これほどまでに自由で、これほどまでに大きな存在だったのかと

わしの言っていることが極端に聞こえるか?

なら、墓場に行ってみるといい

そこには、かつて「重要だ」と思って必死にかき集めた金や名誉や、どうでもいいプライドを抱えたまま死んでいった者たちが眠っておる

彼らは今、何も持っていない

全て置いていったんじゃ

結局、最後はみんな「どうでもいい」状態になるんじゃよ

ならば、生きているうちから、その境地で生きてみたらどうじゃ

死んだ気になって、生きてみたらどうじゃ

どうせ死ぬんだから、怖いものなんてない

そう腹が決まった人間は強いぞ

目が違う

声が違う

纏うオーラが違う

そういう人間には、運命の女神だって惚れ込むもんじゃ

さあ、顔を上げろ

おまえさんの人生の脚本家は、おまえさん自身じゃ

悲劇のヒロインを演じるのはもう止めじゃ

そんな湿っぽい芝居は誰も見たくないわい

これからは、豪快に笑い、風のように軽やかに生きる、喜劇の主人公を演じるんじゃ

多少の失敗も、笑い飛ばせ

他人からの批判も、柳に風と受け流せ

すべてを「肯定」し、すべてを「感謝」し、そしてすべてを「どうでもいい」と手放した時、おまえさんの人生は、まばゆいばかりの光に包まれるじゃろう

細かいことは気にするな

明日の天気なんて気にするな

心の中に、いつも太陽を輝かせておけば、外が嵐だろうが槍が降ろうが、おまえさんの世界は常に晴天なんじゃ

いいか、もう一度言うぞ

全部、全部、どうでもいい

本当に大切なのは、おまえさんの心が、今、喜びで震えているかどうか

それだけじゃ

さあ、行け!

その胸にある命の炎を、燃やして、燃やして、燃やし尽くせ!

で、

まだ、わしの話が足りんという顔をしておるな

よかろう

さらに深く、この真理を心に刻み込むために、もう少し話を続けようか

おまえさんは「正しさ」にこだわりすぎてはおらんか?

「自分は正しい、あいつは間違っている」、

「社会はこうあるべきだ」、「マナーはこうでなければならない」

そういう「正義感」という名の刃物を振り回して、自分自身を傷つけている人間がいかに多いことか

わしから言わせれば、その「正しさ」への執着こそが、諸悪の根源なんじゃ

世の中にはな、絶対的な正義なんてものはないんじゃよ

立場が変われば正義も変わる、時代が変われば常識も変わる

昔は「正しい」とされていたことが、今では「間違い」と言われることなんざ、山ほどあるじゃろう

それなのに、自分の小さな物差しだけで世界を測り、「許せない!」、「間違っている!」と怒り狂う、その怒りの毒素が、誰を一番苦しめているか

相手ではないぞ

怒っているおまえさん自身の血管を傷つけ、胃を荒らし、寿命を縮めているんじゃ

「あいつが挨拶をしなかった」?

どうでもいいことじゃ

「店員の態度が悪かった」?

どうでもいいことじゃ

「政治が悪い」?

おまえさんが怒って変わるなら怒ればいい

だが、テレビに向かって文句を垂れていても、おまえさんの血圧が上がるだけで世の中は一ミリも動かん

賢い人間はな、コントロールできないことには関心を持たんのじゃ

他人の態度や、世の中の動き、天候、過ぎ去った過去、これらは全部、おまえさんの力ではどうにもならん領域じゃ

どうにもならんことにエネルギーを使うのを「徒労」と言うんじゃ

おまえさんがコントロールできるのは、唯一つ、「自分の心の態度」だけじゃ

不愉快な出来事に遭遇した時、それに反応して怒るか、それとも「ああ、そういうこともあるわな」と受け流して、自分の心の平安を守るか、その選択権は、常におまえさんの手の中にあるんじゃよ

「どうでもいい」と考えることは、決して無関心や冷淡になることではない

それは、自分の心のエネルギーを、本当に価値のあること、自分が影響を及ぼせることだけに集中させるための「選択と集中」なんじゃ

怒りや嫉妬、恨みや後悔といったゴミにエネルギーを浪費するのをやめれば、その分、莫大なエネルギーが余るじゃろう?

その余ったエネルギーを、自分の夢や、大切な人のため、あるいは今日という日を楽ししむために使うんじゃ

そうすれば、人生が好転しないわけがないんじゃよ

わしは昔、インドの山奥で修行をした時、ヨガの聖者からこう教わった

「心は召使いであり、主はお前自身だ」とな

しかし、現代人の多くは、心が主人になってしまっておる

感情という暴れ馬に手綱を握られ、引きずり回されておる

ちょっとしたことでカッとなったり、メソメソしたり、ビクビクしたり、これは、心が主人の座を乗っ取っている状態じゃ

全部「どうでもいい!」と言って吐き出すんじゃ

怒りや嫉妬、恨みや後悔といったゴミにエネルギーを浪費するのをやめれば、その人はドブネズミよりも惨めじゃ

逆 に、ボロを着ていても、心が澄み渡り、常に感謝と喜びに満ちていれば、その人は王様よりも気高い

「どうでもいい」という言葉は、心の掃除機じゃ

一日の終わりに、布団に入ったら、その日にあった嫌なこと、失敗したこと、気がかりなことを、全部「どうでもいい!」と言って吐き出すんじゃ

「今日はミスをしたな」

まあ、どうでもいい

死にはせん

「あんなことを言われたな」

まあ、どうでもいい

忘れよう

そうやって、心を空っぽにしてから眠りにつくのじゃ

寝る前に悩みを反芻するのは、ゴミ袋を抱いて寝るようなもんじゃぞ

そんなことをしたら、寝ている間に潜在意識が汚染され、翌朝の目覚めは最悪になる

眠る時は、赤子のように無心になること

明日のことは、明日目が覚めた新しい自分がなんとかしてくれると信じること

これが、若々しく生きる秘訣じゃ

いいか、人生において、深刻になる必要など何一つない

人生は、壮大な暇つぶしであり、魂の遊び場なんじゃ

深刻になればなるほど、視野は狭くなり、体は硬くなり、運気は逃げていく

遊ぶような気持ちで、軽やかに生きるんじゃ

困難が来たら、「おっ、面白い展開になってきたな」とニヤリと笑うくらいの度量を持って、ゲームだって、敵が出てこなければ退屈じゃろう?

障害やトラブルは、おまえさんの人生という物語を盛り上げるためのスパイスじゃ

「どうでもいい」という最強の武器を持っていれば、どんなボスキャラだって怖くはない

わしがこうして熱く語るのはな、おまえさんに幸せになってほしいからじゃ

理屈じゃないんじゃ

難しい哲学書を何百冊読んでも、この「心の置き所」一つ間違えれば、人間は不幸になる

逆に、学がなくても、金がなくても、「万事、肯定」、「万事、感謝」、「万事、どうでもいい」という心根を持っていれば、その人はこの世の極楽を味わえるんじゃ

おまえさんは、今、生きている

心臓が動いている

息をしている

それだけで、もう満点なんじゃよ。

それ以上の何を望む必要がある?

「足るを知る」という言葉があるが、あれは我慢しろという意味ではない

「すでに自分は満たされている」という事実に気づけという意味じゃ

それに気づけば、焦りも不安も消える

「何かを得なければ幸せになれない」という幻想から覚めることができる

「今、このままで、十分幸せだ」と腹の底から思えた時、逆説的だが、富も名声も愛も、向こうから勝手に集まってくるんじゃよ

これが「引き寄せ」の正体じゃ

欲しがれば逃げる

執着を手放せば入ってくる

宇宙というのは、そういう天邪鬼な性質を持っておりるんじゃ

だから、今日からおまえさんの座右の銘は「全部全部どうでもいい」じゃ

これを紙に書いて、壁に貼っておけ

スマホの待ち受けにしてもいいぞ

そして、何かに心が囚われそうになったら、すぐにその言葉を見るんじゃ

呪文のように唱えるんじゃ

その言葉が、おまえさんを重力から解放し、自由な空へと連れ出してくれる翼になるじゃろう

さあ、もう十分じゃろう

これ以上語っても、屋上屋を架すようなものじゃ

理屈はもういい

あとは「実践」あるのみじゃ

わしの言葉を、ただの知識として頭に詰め込むなよ

知識なんぞ、使わなければ腐った握り飯と同じじゃ

今日、今この瞬間から、使うんじゃ

嫌な上司の顔を見たらどうでもいい

満員電車で足を踏まれたらどうでもいい

将来が不安になったらどうでもいい

そうやって、一つ一つ、心の鎖を断ち切っていくうちに、おまえさんの顔つきは変わる

声の響きが変わる

そしてある日、ふと気づくはずじゃ

「ああ、生きるというのは、これほどまでに楽で、これほどまでに楽しいものだったのか」とな

その境地に達した時、おまえさんはもはや、何者にも負けない「人生の達人」となっておる

わしは信じておるぞ

おまえさんの中には、まだ眠ったままの巨人がおる

その巨人を呼び覚ます鍵が、「どうでもいい」という言葉なんじゃ

鎖を解け

檻を壊せ

そして、広大な宇宙へと、その翼を広げて羽ばたくんじゃ

おまえさんの人生は、おまえさんが思っているよりも、ずっとずっと素晴らしく、可能性に満ち溢れておるんじゃからな

じゃあな

健闘を祈るぞ!

わしはずっと、見守っておるからな

ハッハッハッ!

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